森の匂いがした

ぼくは戸村。たまたま調律師を体育館のピアノのところまで案内した。

調律師がグランドピアノの蓋を開け鍵盤を叩いた時、森の匂いがした。

山間の実家近くの牧場にのんびりと草を食む羊を思い出した。調律師

の板鳥さんによると、「ピアノの中にはハンマーがあり、それはいい

草を食べて育ったいい羊のいい毛を使ってできたフェルトでできてい

る」らしい。調律が終わるころ、さらに音のつれてくる景色がはっき

りと浮かんだ。生まれて初めてピアノというものを意識したぼくは、

調律師になることを決心した。

 

「羊と鋼の森」 宮下奈都 (文芸春秋)の序章をてきとうに紹介し

ました。調律師の世界を森の匂いとともに届けてくれます。

めーめー仔ヤギ